注目してほしいけれど目立ちたくない【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第24回 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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注目してほしいけれど目立ちたくない【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第24回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第24回

 

【「迷彩」というカラーリング】

 

 最近、1/10スケールの戦車を作っている。砲身も入れると全長1mほどになるし、重さは20kgくらいあって、運ぶのが大変だ。ようやく走ったり、砲塔を動かしたりできるようになったが、まだ色を塗っていない。どんな迷彩にするのか、いろいろ資料を調べている段階だが、実物そっくりに作るつもりは全然ないので、真っ赤やピンクでもありかもしれない。

 飛行機でも、戦争に使われる場合は迷彩のものがある。地上に置かれているときに見つからないようにするためで、緑系や茶系でランダムに塗り分けられる。逆に、機体の下側は空色で、飛行中に地上から識別しにくくなっている。このような敵の目を欺くカラーリングは、相手が人間の目なら有効だが、違う目で見られると通用しない。

 人工物はだいたい一様な色だけれど、自然はごちゃごちゃと多種多様なものが入り乱れている。このような自然の中に人工物を隠す工夫が迷彩だ。しかし、たとえば市街戦になれば灰色系、砂漠なら黄色系の迷彩になるように、周囲に合わせてカメレオンのように色を変える必要がある。その究極が光学迷彩なるものであり、周囲に溶け込み埋没するような色や柄を作り出し、しかも瞬時に変化する機能が要求される。

 さて、人間の振る舞いにも、この「迷彩」に相当するものが見受けられる。人は、だいたい自分を目立たないようにする傾向を持っている。群れをなしている動物は、目立つと捕食されてしまうから、そのような防衛本能が染みついているのだろう。

 周囲に合わせ、みんなと同じように行動するには、周囲をいつも気にして、自分がどのように見えるのか、といった観察や想像をいつもしている。そして、全体の雰囲気に自分を溶け込ませる。

 一般に、「あの人は穏やかで良い人だ」と他者からいわれるような迷彩を纏う。周囲の空気が変われば、それを察知して瞬時に自分を変える機能も備わっている(「風見鶏」などと揶揄されるが)。まさに、社会学迷彩といえるのでは?

 最近ことあるごとに飛び出すタームといえば、「協調性」である。現代社会を生き抜くために不可欠な能力だと謳われている。これが、今話した「迷彩」とほぼ同義だろう。一方、現代人を象徴するタームとして「承認欲求」があり、これは目立って注目されたい心理だ。一見矛盾したベクトルのように思えるが、実は目立とうとしているのではなく、むしろ目立ちたくない方向性だと解釈した方が近いだろう。「注目される」ほどではなく、かといって「無視される」のは絶対に避けたい。周囲に「溶け込む」状態を期待し、周囲から認められることで、多くの人は深い埋没感に浸り安心する。まさに、「迷彩」を纏っているのと同じ。

 しかし、ここで注意すべき点は、やはり「誰の目から?」という問題である。特に「周囲」よりも少し広い範囲から、あなたの目とは違う目で見られている。自分の目だけで判断してしまうと、間違った「迷彩」になりかねない。むしろ目立ってしまう危険だってある。多くの「迷惑行為」は、こんな誤認から生まれているように窺える

次のページ目立つ「迷彩」もある

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 〈無駄だ、贅沢だ、というのなら、生きていること自体が無駄で贅沢な状況といえるだろう。人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。趣味は無駄で贅沢なものなのだから、辻褄が合っている。〉(第5回「五月が一番夏らしい季節」より)。

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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